導入のきっかけ 主要顧客である自動車業界の変革に対応できる「100年企業」の基盤構築へ
第一稀元素化学工業は、ジルコニウム化合物を中心にセシウム化合物や希土類化合物などの無機化合物の製造・販売・研究開発を手がける素材メーカーだ。ジルコニウムは、多くの優れた特性を備える「稀な元素」で、化合物になると、熱に強い、耐久性が高いなど、さまざまな特性を発揮する。その特性を活かし、同社製品は産業分野から家庭用品まで、社会の至るところで形を変えて使われている。中でも、自動車関連分野には多くの同社製品が使われており、2020年には、自動車排ガス浄化触媒材料分野で約40%(同社推定)の世界トップシェアを有するとして、経済産業省より「グローバルニッチトップ企業100選」に認定されている。
同社は2012年、ジルコニウム原鉱石を調達し、製品の原料となる中間体を製造する拠点としてVIETNAM RARE ELEMENTS CHEMICAL JOINT STOCK COMPANY(以下、ベトナム子会社)を設立した。これにより、ベトナムで原鉱石から中間体を製造し、それを日本国内で顧客の要望にあわせて加工し製品化するという、世界で唯一の「グループ内一貫生産」体制を確立している。
この体制の優位性について、事業本部 SCMセンターの濱上佳久氏は「当社では、本社機能と研究開発拠点を日本に置き、製造拠点を日本とベトナムに置くことで、独自の原料調達ルートを確保し、サプライチェーンを複線化して製品の安定的な供給を実現しています。ジルコニウム化合物の領域では、原材料の調達が中国に依存した形で行われてきましたが、近年では、その地政学的リスクが高まっています。そのリスクを回避しながら、製品の安定供給を実現できている点は当社の大きな強みであり、お客様から高く評価されているポイントです」と説明する。
一方で、同社の主要顧客である自動車業界でEV化(電動化)が進むなど、ジルコニウム化合物を取り巻く市場は大きな転換期を迎えている。その中にあって同社は、『稀な元素とともに、「100年企業」へ』のビジョンを掲げ、さらなる成長を見据え、2022年には、10年間の中期経営計画「DK-One Next」を始動させた。
この「DK-One Next」では、今後10年に起こりうる環境変化を乗り越えながら、新たな事業を創出し続けるための取り組みとして「新規事業の創出」「収益構造の改革」「革新的なものづくりの実現」「成果を出し続ける組織づくりの実践」「キゲンソらしさの更なる醸成」「サステナビリティへの取り組み」という6つの柱が設定されている。それらの実現を支えるデジタルトランスフォーメーション(DX)基盤を築く施策として、同社が推進してきたのが「SAP S/4HANA Cloud」を使った業務・システム変革のプロジェクト、「D-Value」である。
グローバルで業務プロセスを統一してグループ経営を強化したい
第一稀元素化学工業では、2012年にベトナム子会社を設立したのを皮切りに、2013年に中国、2018年にタイ、2019年に米国に、それぞれ販売拠点を設立している。当時の状況を、経営本部 ICT統括部の三井里絵氏はこう振り返る。
「海外拠点のシステムは、現地で販売されているパッケージを各社で導入したり、合弁相手のシステムをお借りしたりとバラバラであったため、本社は決算報告が上がってくるまで、各社の状況を把握することが難しい状態でした」
そうした状況を正し、グループ経営のあるべき基盤を整える取り組みとして2019年にD-Valueプロジェクトをスタート。SAP S/4HANA Cloudの「パブリック版(SAP S/4HANA Cloud Public Edition)」を中国、米国、タイの販売拠点にそれぞれ導入しながら、2020年には、ベトナム子会社にSAP S/4HANA Cloudの「プライベート版(SAP S/4HANA Cloud Private Edition)」の導入を開始。コロナ禍による1年の中断を経て2023年から運用をスタートしている。また、同年より本社へのプライベート版の導入を開始し、2025年4月に本番運用へと移行している。
導入の経緯 Fit to Standardで導入の短期化や低コスト化を図る
D-ValueプロジェクトでSAP S/4HANA Cloudを採用した理由について三井氏は次のように説明する。
「単なるシステムのバージョンアップではなく、“宝の山”ともいえるSAP製品の標準機能を最大限活用するシンプルな構成とし、業務プロセスから見直したい、硬直化していた利用範囲に囚われず新しい考え方を取り入れたい、と考えていました」。いわゆるFit to Standardである。背景には、基幹業務のプロセスは、それ自体で同社の差別化の源泉とは成りえないという考えがあったからだ。
「個社の独自プロセスや属人的なプロセスは極力排除して、システムのカスタマイズを行わないようにする『クリーンコア戦略』をとることは、システムに蓄積されるデータの最適化だけでなく、プロジェクト期間の短縮及びコスト圧縮につながると考えました」と三井氏は述べる。
このような方針のもと、先行する海外販社向けにはSAP S/4HANA Cloudのパブリック版を導入する決断を下した。
ベトナム子会社及び本社には、導入プロジェクトのスケジュールとパブリック版のベトナム国要件対応との兼ね合いや、製造拠点に対する柔軟性などを総合的に判断し、プライベート版を採用したが、三井氏としては「Fit to Standard」「クリーンコア」の戦略を徹底するため、ベトナム子会社や本社にもSAP S/4HANA Cloudのパブリック版を導入する可能性を最後まで模索していたという。

グローバルSCMの高度化に向けて調達から販売までを連動させる仕組みの構築へ
本社へのD-Valueの展開に際して、同社では「グループ全体のSCMを高度化する」という目標を掲げ、濱上氏がプロジェクトリーダの役割を担った。同氏は、この目標について「原料の調達から販売に至るまでの業務プロセスをグローバルに最適化し、DK-One Nextの6つの柱を実現するためのDX基盤を築くことを意味します。例えば、柱の1つとして『収益構造の改革』がありますが、それを実現するうえでは棚卸在庫を可能な限り圧縮して、キャッシュフローを良好に保つことが必要です。それには販売・生産の計画を、データを軸にしっかりと連動させながら、オペレーションを回して『生産量』と『販売量』をイコールに近づけていくことが大切です。SAP S/4HANA Cloudを使い、そのためのシステム作りを進めました」と語る。
この言葉を受けて三井氏は、SCMの高度化に向けたシステム作りについてこう説明を加える。
「本社が以前より使っていたSAP ECC 6.0ベースのERPシステムは典型的な『System of Record(SoR)』で、実績データを収集し管理する機能しか活用できていませんでした。つまり、濱上が言うようなデータを軸に販売計画と生産計画を連動させるような仕組みではなかったのです。生産計画はERPシステムの外で表計算ソフトを使って作成されていたほか、販売計画、実際原価も別システムで管理されており、未来在庫を示すデータもERPシステム内にはありません。本社のD-Valueプロジェクトでは、それらの問題を解決するためのシステムづくりを進めました」
具体的には、販売予算と販売計画、生産計画を連動させて未来在庫をシステムで管理することで、納期回答を自動提案する仕組みをSAP S/4HANA Cloudの標準機能で実現した。
加えて、同社では得意先マスタ及び品目マスタをグローバルに整理してコード体系の見直し・統一化を図り、グループ間での受発注をシステム間で連携させている。さらに、実際原価計算をSAP S/4HANA Cloud内で行えるようにし、システム構成のシンプル化も実現した。
導入の効果 事業の実績と将来計画がリアルタイムにとらえられるように
D-Valueプロジェクト開始前の2018年当初、本社のERPシステムについてはSAP ECC 6.0を「塩漬け」にして、サポートが終了する2027年まで使い続ける案もあったという。ただし、海外拠点が今後も増える可能性もある中で、「将来に向けて、本社におけるグローバル経営の基盤・SCMの基盤を整備しておく必要があるという結論に至り、SAP S/4HANA Cloudの活用を決めました。この決断によって基幹システムは強化され、相応の効果を手にできていると感じています」と、三井氏は明かす。
その効果について濱上氏は「今回のD-Valueプロジェクトを推進して最も良かったと感じているのは、事業の実績と将来計画がリアルタイムにとらえられるようになったことです。これにより、経営判断が間違いなく速くなると期待しています」と語る。
また、三井氏は「グループ全体の状況と計画をデータで把握できるようになった意義は大きく、データドリブン経営を実現するDXの基盤が整えられたと感じています。今後は、システムで管理されている実績データや計画データをどう分析して活用すべきかを、さまざまな観点で検討・検証しながら、グループ経営の強化に貢献していきたいと考えます」と意気込む。
プロジェクト成功の要因はパートナー選びにあり
もう一つ、三井氏が今回のD-Valueプロジェクトの成果として挙げているのは、本社を含む各拠点へのSAP S/4HANA Cloudの導入が計画どおりに進み、かつ安定稼働を続けている点だ。こうした成功をもたらした最大の要因として、三井氏と濱上氏はB-EN-Gを、プロジェクト推進のパートナーとして選んだことを挙げている。
三井氏はB-EN-Gの貢献について「販売会社へのSAP S/4HANA Cloudパブリック版の採用は、B-EN-Gからの『標準機能を使い倒す』という提案が決め手となりました。 2019年当時、パブリック版はローンチされたばかりで、 活用事例もほとんどなく、 本当に使えるのか不安でした。B-EN-Gは未知のソリューションに対するチャレンジ意識が非常に高く、一緒に新しい未来を作っていけると感じました」と振り返り、さらにこう続ける。
「期待通り、導入方式も機能もユーザーインターフェースも何もかもが新しいパブリック版のプロジェクトを、 非常に円滑に進めてくださいました。 パブリック版の年数回の定期バージョンアップでは、新機能が追加される素晴らしさ、ソフトウェアの維持管理にまったく手間がかからないありがたさを強く感じることとなりました」。
「また、B-EN-Gがこのパブリック版での経験を、のちのプライベート版導入時の業務プロセス策定にもしっかりと生かしてくださったことで、D-Valueプロジェクトは当初からの目標通りFit to Standardを貫くことができました。B-EN-Gは常に、『どうすれば実現できるか』という視点で当社の課題に寄り添いながらプロジェクトを推進してくださり、『ERP導入は、誰と進めるかが成功の鍵である』と強く感じました」(三井氏)
また、濱上氏は、次のようなエピソードを明かす。「B-EN-Gは、日本のD-Valueプロジェクトが始まる前にD-Valueとは別プロジェクトとして工場内のモノの動きを整理することを目的に倉庫管理システムやバーコードシステムを構築してくれました。こうした事前の準備も今回のプロジェクトの滞りない進行とシステムの安定稼働につながっています」
同社では今後、システムに蓄積されていくデータを有効に活用する一手としてAIの活用も視野に入れている。そうした革新技術の有効活用を図るためにも、同社はB-EN-Gの手厚いサポートに期待を寄せている。
自社導入

第一稀元素化学工業株式会社
設立:1956年5月21日
本社所在地:大阪市中央区北浜
海外拠点:製造・販売拠点:ベトナム/販売拠点:中国、タイ、米国
事業内容:ジルコニウム化合物、セシウム化合物、希土類化合物などの無機化合物の製造・販売・研究開発
パートナー企業



