厳しい制約が重なった移行プロジェクトの出発点
社名の由来である「今日注文すれば明日来る」という言葉を聞けば、誰もが思い浮かべる企業、アスクル。同社は利用していた基幹システムECC6.0の保守期限切れを前に、SAP S/4HANAへのバージョンアップを決断した。直接の要因は保守期限の到来だが、アスクルはSAP S/4HANAを中期経営計画達成の基盤と位置付けていた。
このプロジェクトは、一見すると成功が難しいと考えられる複数の課題があった。プロジェクト期間は、通常であれば約2年程度を要するところ、リリースできるタイミングが連休や閑散期と限られていたため、与えられた期間は1年半となった。なかでも最大の難関は、極めて短いダウンタイムが求められた点である。事業所向けECサイト「ASKUL」の運営に加え、個人向けECサイトも展開する同社のシステムは、顧客である企業の日常業務や生活を支える社会インフラの一部となっている。そのため、顧客への影響を抑え、機会損失を最小限にするダウンタイムの最小化は絶対条件だった。
さらに、長年にわたり受注から発送まで基幹業務を支えてきたことから、データ量は16TBに達し、加えて2,100本を超えるアドオンも存在していた。このため、限られた工期内でSAP S/4HANAに移行する手段は大きく制約されていた。
ステークホルダーの多さも懸念材料の一つだった。現行システムの保守ベンダーをはじめ、BASIS、インフラ、アプリケーション各領域での調整に加え、SAP社との連携も不可欠である。ほぼすべての従業員がSAPシステムを利用していることから、社内調整の難しさも課題となっていた。
この困難な条件下にあるプロジェクトを成功へと導いたのが、アスクルの迅速な意思決定とアクセンチュアの提案力、そして両社の実行力だった。
困難な移行プロジェクトを託すパートナー選定
パートナー選定にあたり、アスクルが最も重視したのは、短期間かつダウンタイムを最小限に抑えるという厳しい制約の下でも、プロジェクトを確実にやり遂げるための提案力と実行力があるかどうかだった。
しかし、いざ選定を進めると、プロジェクト期間の短さや、国内最大級ともいえるSAPシステムの規模を前に、適切な人材の確保が難しいとして辞退されたり、移行の一部のみを担う提案にとどまったりと、思うように進まなかった。そうした中で、アスクルがパートナーに選んだのがアクセンチュアである。
児玉氏は選定の経緯について、次のように振り返る。
「パートナー選定では、私たちの要望が本当に実現可能かどうかを重視しました。その結果、アクセンチュアを選びましたが、当初はまだ計画の解像度も高くなく、『本当に実現できるのか』という不安があったのも事実です。しかし、要件定義はもちろん、進行方法や作業内容、具体的なリスク対策を可視化する中で、その不安は次第に『成功できる』という確信に変わっていきました」
こうして始まったプロジェクトは、1年半という短期間で完了した。ダウンタイムは「1日以内」という目標に対し、21時間に抑えられ、大きなトラブルもなく移行を完遂。まさに大きな成功を収めたのである。
プロジェクト成功の鍵は、迅速な決断と実行力
今回のプロジェクトには、複数の成功要因がある。ツールの活用や進め方の工夫など、技術的・手法的な施策も多いが、それらを成立させた根底には、アクセンチュアの提案に対するアスクルの迅速な意思決定と、両社の実行力があった。
ダウンタイムの最小化を目指すためアクセンチュアは、移行方式として「Accenture Smart Conversion」の活用を提案するとともに、データ変換ツールに軽量かつ高速な「CrystalBridge DTS」の活用を提案。あわせて入念な移行リハーサルの実施や、影響分析・修正点を複数回に分けて実施し、開発・テストを順次実施することで全体工程を圧縮するスプリント的なアプローチを行うという提案もあった。
児玉氏は次のように語る。
「『CrystalBridge DTS』の活用は国内に事例がなかったものの、今回のプロジェクトには不可欠だと判断し、採用を決断しました。その他にもアクセンチュアからは多くの提案を受け、実現性などを総合的に検討した結果、その多くを採用。これらはプロジェクトを成功させた大きな要因となりました」
本プロジェクトではこのほか、多くのステークホルダーを取りまとめ、領域横断で時間短縮策を追求する体制づくりや、移行前のデータ削減といった施策も講じられている。
データ削減と「Accenture Smart Conversion」で実現した分割データ移行
次に、プロジェクト成功に大きく寄与した代表的な施策を見ていく。まずは、「Accenture Smart Conversion」による移行である。
これは、必要な機能のみを移行、または再構築した環境を構築し、旧システムから必要なデータだけを抽出・変換して移行する方法だ。すべての機能を移行しないため、テストや再構築にかかる工数を削減できる。加えて、データを段階的に移行できることから、1回あたりの移行時間を短縮できる点も大きな特長である。
データ削減に関して、原尾氏は次のように振り返る。
「大胆なデータ削減を決断しましたが、社内調整には苦労しました。データ利用者を巻き込み、これまで削除してこなかったデータの整理や、保管期間・アーカイブ期間の短縮まで踏み込みました。SAP社から削除を懸念されたデータもありましたが、最終的には私たちの責任で削除を決断し、実施しています」
その結果、約16TBあったデータは、最終的に約6.5TBまで削減された。
それでも一度で移行するには依然として大きな容量である。そこで「Accenture Smart Conversion」を活用し、データを分割して移行する方式を採った。
「動きの少ないデータを初期移行分、日々更新されるデータを差分移行分として分けました。これにより、移行当日に転送するデータ量を極限まで抑え、ダウンタイムの最小化を実現しています」と小森氏は語る。
「前工程の不具合を後続に残さない」強い意志で臨んだテスト
プロジェクト期間を短縮しつつ品質を確保するため、テストにも徹底的に力が注がれた。テストはアスクル主導で進められ、各テストケースの妥当性確認や、結果分析・対策立案をアクセンチュアが支援している。
各工程のテストケースはアスクルが作成し、開発ベンダーの協力を得て実施した。ただし、すべての機能を網羅することは難しいため、アクセンチュアが内容を精査し、不足分を補う形でテストケースを追加した。テストを進める中では多くの不具合が見つかったが、その都度「なぜ不具合が発生したのか」を分析し、確実に対策を講じている。
椎野氏は当時をこう振り返る。
「不具合を残したまま次の工程に進めば、結果的に全体スケジュールへ影響します。そのため『前工程で出た不具合は、絶対に後続に残さない』という強い意志を持ち、各社の協力を得て一つひとつ対応しました」
さらに、逼迫したスケジュールではあったが両社で知恵を絞り合い、品質面も徹底追及するために追加テストの判断なども行ってきた。その結果がシステムの安定稼働につながったのだ。
多数のステークホルダーを束ねる体制構築の工夫
本プロジェクトでは、既存の保守ベンダー、BASIS、インフラ、アプリケーション各領域に加え、SAP社も関与しており、調整すべきステークホルダーは多岐にわたった。あらゆる作業において領域横断での検討が必要となり、体制構築は大きな課題だった。
原尾氏は次のように語る。
「ステークホルダーの多さに加え、社内調整も重要な課題でした。アスクルでは、受注、出荷、請求、会計など、ほぼすべての業務でSAPシステムを利用しています。そこで社内調整のリソースを確保するために、プロジェクト全体の取りまとめでもアクセンチュアのサポートを受けることにしました。タスク管理や課題管理、会議体の運営まで非常に丁寧に対応してもらいました。それにより社内調整に十分な時間を割くことができ、社内の混乱を防ぐことができました」と語る。
開発フェーズでは、影響分析と改修案作成をアクセンチュアが、実際の改修作業を開発ベンダーが担当している。
森氏は「スプリント型は作業が分散するため、品質低下のリスクを感じていました。そこで、作業引き継ぎと引き継ぎ後の支援をアクセンチュアに依頼しました。その結果、品質低下を最小限に抑えつつ、プロジェクト期間の短縮にもつながったと考えています」と振り返る。
「何かあればアスクルが責任を持つ」という覚悟で確認作業を短縮
ダウンタイムの最小化に向け、特に力を入れたのが移行リハーサルである。
「短いプロジェクト期間でしたが、ダウンタイムを確実に1日以内に収めるため、複数回の移行リハーサルを実施しました」と児玉氏が語るように、実施回数は計5回に及んだ。
1回目は移行ツールのPoC、2回目はデータ移行手順の検証、3回目はアプリ・インフラ・BASISを含めた全体手順の確認、4回目は人員配置やタイムスケジュールなど運用面を含めた検証を実施。5回目では、本番を想定した総合リハーサルを行った。
こうして段階的に手順を磨き上げた結果、予定していた1日のダウンタイムを21時間まで短縮することに成功した。
小森氏はその背景を次のように語る。
「リハーサルを重ねる中で、確認作業に多くの時間を要していることに気づきました。確認は重要ですが、不要なものもあります。十分な検証を行った上で、『何かあればアスクルが責任を持つ』という覚悟を持ち、確認作業の一部を短縮、あるいは稼働後確認に切り替えました。結果として障害は発生せず、判断は正しかったと考えています」
「企業の業務や生活を支えるインフラを止めてはならない」という強い思いがあったからこそ、アスクルは迅速な判断ができた。そして、その判断をアクセンチュアが支え、両社が一体となって実行してきた結果、ダウンタイムの最小化が実現したと言える。
業務改革に向けた一歩、AI活用のためのシステム基盤が完成
国内最大級のSAPシステムを短期間で移行するという高難度のプロジェクトにおいて、アスクルは移行方式の選択、データ削減、移行リハーサルの徹底、社内調整など、多くの迅速な決断を積み重ね、見事に成功を収めた。その過程で、アクセンチュアの知見と支援が大きく貢献したことは間違いない。
SAP S/4HANAへの移行後、システムは大きなトラブルもなく稼働している。インメモリデータベース化により、ビッグデータの抽出などデータ参照速度が飛躍的に向上したという声も現場から上がっていると、児玉氏は語る。
基幹システムの刷新により、アスクルは「AI活用による基幹業務の改革」を支える、基盤となるシステム環境を整えた。今後は積極的にバージョンアップを通じ、AIなどの新機能も業務に取り入れていく考えだ。
「SAPシステムでのAI活用は、まだ国内事例が少ない。ぜひアクセンチュアのグローバルな知見を生かした提案を期待したい」と、今後への期待を寄せている。
導入企業

アスクル株式会社
創業:1993年3月
資本金:21,233百万円(2025年5月20日現在)
従業員数:3,697名(連結 2025年5月20日現在)
パートナー企業





